2012年4月2日月曜日

自然と人間を行動分析学で科学する


 先日の卒論発表会でうちのゼミ生が発表した嘘を見分ける弁別学習の実験について、吉村浩一先生からいただいた質問について考えてみました(吉村先生には「島宗先生にお聞きしたい」と言われたものの、発表会ではゼミ生に回答してもらった案件です。学生にとって卒論発表会はこれまで勉強し、練習してきた成果を発揮する絶好のチャンスですから、教官がその機会を奪ってはならぬというのが信条です。M澤さん、上手に回答できてたよ)。

 吉村先生の質問は2段階。一つは「行動分析学は行動が生起したかどうかを1/0でしか測定せず、それはもったいないのでは?」というコメント。もう一つは、もっと具体的に、「(嘘か本当かという判断の)確信度を測定したらどうでしょう?」というご提案でした。

 まずは最初のコメントについて。「行動分析学は行動が生起したかどうかを1/0でしか測定しない」というのは誤解です。標的行動の頻度を測定することが多いのでそのように感じるのかもしれませんが、行動の強度(たとえばボタンを押す強さ)、行動の早さや速さ(たとえば反応時間や速度)、変動性(たとえば反応パターンの多様性)も研究の目的次第で従属変数とすることがあります。それに、そもそもオペラントの自発頻度を測定しているのも、本当は反応強度や反応確率を推定するためです。なので、実験の目的や状況によって、単純に行動を数えるよりも妥当な測定法があれば、そちらを使うのはやぶさかではありません。


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 後で関連しそうなので、別の例もあげておきましょう。たとえば、長さや重さを推定するオペラント(タクト)を考えてみます。弁別刺激は何かしらの物体(たとえばお箸)と「長さは何センチですか?」という質問です。この場合の標的行動は弁別刺激の長さのタクトですから、たとえば正確さを調べたいのであれば、正解(例:12 cm)と反応との差を従属変数にできます。長さのタクトは教育的随伴性(「そうだね」などの承認)によっても、実際に自分で測定して正解を知ることでも(行動内在的強化)形成されることでしょう。ちなみに、私はこうした測定が大の苦手です。先日も食器棚に入れるトレーを買いにIKEAまで行ったのですが、買って帰るときてみると大きさが合わず、入りません(泣)。よくよく観察すると、食器棚の幅が底に行くほど狭くなっていて、しかも隅がカーブ処理されていました。内側の正確な測定が困難であった原因がわかったのですが、これは言い訳(しかも蛇足でした)。

長さや大きさなどの判断には相対的なタクトも考えられます。「スプーンは箸よりも長いですか?(どちらが長いですか?)」「この箸はあの箸よりも重いですか?」などなど。最近では、こうした複数の刺激間の関係性については、関係枠理論(relational frame theory)という考え方で実験が計画され、解釈されるようになってきています。


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 物理的特性のタクトは精神物理学とも関連してきます。さらに私的出来事(private event)にも関連してくるので慎重な考察が必要です。たとえば、明るさのタクトは「どのくらい明るいですか?」が弁別刺激のとき(通常の明るさ判断)と、「光度はどのくらいですか?」が弁別刺激のときとでは強化される反応が異なります。これが、単に強化随伴性の違いを反映したものではなく、光源の強さと明るさの知覚の関係にベキ関係があるというのが精神物理学の発見なわけですが、そうなると、もしかすると「どのくらい明るいですか?」の弁別刺激の一部は、光源そのものではなく、視覚刺激によって引き起こされた私的出来事(明るさの感覚)であると考えた方が適切なのかもしれません。

 測定できないものを科学の対象から排除したはのは方法論的行動主義であって、徹底的行動主義では、実体はあるが測定はできない刺激については私的出来事として随伴性の枠組みに組み込みます。たとえば、胃潰瘍が原因で腹痛をもよおしているとき、お腹がズキズキする刺激/反応は外からは観察できませんが、「ズキズキする」などのタクトの弁別刺激としては成立すると考えます。

 ただし、実在しない媒介変数は想定しない行動分析学にとって、何でもかんでも「私的出来事」を仮定してしまうのは危険です。「慎重な考察が必要」というのはそういう意味です。これは、個々の事例を考えるとけっこう難しいところでもあります。腹痛は私的出来事と考えて良いと思います。光源を見たときの「まぶしさ」も私的出来事と考えて良いと思います。しかし「明るさの感覚」となると私にもよくわかりません。


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 もっと面倒なのが、たとえば"購買意欲"です。うちのゼミの他の学生の発表にも「どちらが欲しいですか?」とか「どのくらい欲しいですか?」に対する回答を"購買意欲"を示すものとして測定した研究がありました。一般的に"購買意欲"とされるのはまさに媒介変数で、本来、行動分析学では用いない概念だし、"購買意欲"が高いから購入するといった循環論に陥った説明もしません。それでも"購買意欲"と呼ばれるものが何なのかを随伴性の分析から解釈することは可能です。一つは「ズキズキする」や「明るさの感覚」と同様に「欲しい感」のような私的出来事があると仮定する場合です。「欲しい感」があまりに怪しそうなら、「ドキドキ感」(こんなものが部屋にあったらどのくらいウキウキするかなど)でもい� ��かもしれません。ただしこれも、たとえば"新奇性"を"ものめずらしさ感"、"親近性"を"親しみやすさ感"などとしていくと、どんどん媒介変数らしく、怪しくなっていきます。

 「欲しい感」と「ズキズキする」や「明るさの感覚」との間には大きな違いもあります。胃潰瘍とズキズキ、光刺激と明るさの感覚には一対一の自動的な対応が成立しています。訓練は必要ないし、個体差も最小でしょう。潰瘍で胃に穴があいているのに痛みが無いとか、(視覚が正常として)ある程度の光源をみつめているのに明るく感じないということはなさそうだからです。でも、猪のぬいぐるみをどのくらい欲しいかについては個人差もあれば状況による違いもあるでしょう(例:どんなに猪が好きでもこのぬいぐるみをすでに何個も持ってたら、もう一つは欲しくないだろうし)。そうなると、ぬいぐるみの欲しさのタクトの制御変数としてもう一つ重要なのは、このぬいぐるみが自分にとってどのくらい好子となるのかと� ��うことかもしれません。つまり、「このぬいぐるみを買うのに千円払います(そして満足します)」とか「あなたがこのぬぐるみを私にくれるのであれば喜んでいただきます」というような随伴性の記述ということです。


 こうやって考えてみると、一つひとつの分析はかなり怪しいものの、確実に言えるのは、「どのくらい欲しいですか?」という質問に対する回答は実験者が把握しきれない種々の弁別刺激に制御されているタクトであるということです。つまり、これで何を測っているのかは、実はよくわからないということになります。もちろん、実験の目的次第ではそれでも構わないこともあるでしょうが、得られた結果を一般化しようとするなら(特に実際の消費者行動に適用しようとするなら)、必ず問題となることです。アンケート調査では高い"購買意欲"が確認できていたのに、発売してみたら売れなかったという話はよくあると聞きますが、これもそう考えると不思議ではないですね。

 さて、いよいよ「確信度」評定の話になります。複数不特定の変数に制御されていて、しかも実験者が知る余地のない変数の影響も受ける(確信度に与える"文化"の影響についてはここを参照)という理由で、結局、何を測っているか分からないという点が、"購買意欲"と共通です。実際、たとえば目撃証言の研究では、再認の精度と確信度との間に一貫した関係がみられないそうです(高橋, 2008)。

 随伴性を分析してみると、その理由も推測できます。再認課題では"既視感"のような私的出来事が弁別刺激になっているのかもしれませんが、確信度評定では、この既視感の強さが弁別刺激になっているのかもしれないし、自分の回答が正解しそうかどうかという確率推定のタクトなのかもしれないし、間違ったときに怒られることを回避するようなオートクリティックの機能があるのかもしれません。これでは、"記憶"の程度(や"嘘"だと思う程度)の測定としては妥当性、信頼性がある指標にはなりません。

 というわけで長くなりましたが、吉村先生の質問に対する回答は、


Q:「行動分析学は行動が生起したかどうかを1/0でしか測定せず、それはもったいないのでは?」
A: 「それは誤解です。頻度以外の測度を従属変数とすることもあります」

Q: 「(嘘か本当かという判断の)確信度を測定したらどうでしょう?」
A: 「記憶の再認課題などで使われている確信度評定は妥当性、信頼性に欠けているので使いませんが、もちろん、何かしらの方法で妥当性、信頼性をもって測定できる方法が開発されれば使ってもいいと思います」

 ということになりましょうか。

 おかげでたくさん考えました。とても良いコメントと質問でした。ありがとうございました。

引用文献

高橋 晃(2008)繰り返し項目についての再認の正答率と確信度評定の関連  心理学研究, 79(5), 439-445.



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